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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)109号 判決

控訴人

大松物産株式会社

右代表者

大松住安

右訴訟代理人

小林茂実

丸山俊子

被控訴人

向田千穂子

右訴訟代理人

萩秀雄

中村博一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件土地建物がもと被控訴人の所有であつたこと(すなわち、被控訴人が本件土地建物の所有権を取得したこと)、本件土地建物について原判決添付登記目録記載のような登記がされていることは当事者間に争いがない。

二そこで、控訴人の抗弁について判断する。

1  〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

控訴人は昭和五二年三月二八日ころ訴外会社の代表取締役橋本義三から訴外会社に対する融資の申込を受け、同月三一日訴外会社に対し一〇〇〇万円を弁済期同年四月三〇日と定めて貸与した。この金員貸借と同時に、橋本は被控訴人の代理人として控訴人との間で、訴外会社の右一〇〇〇万円の借受金債務及び将来生ずべき債務を担保するため、次のような契約(以下「本件担保契約」という。)を締結した。

(一)  根抵当権設定契約

(目的物件は本件土地建物)

極度額 一二〇〇万円

債権の範囲 金銭消費貸借取引、手形割引取引、手形貸付取引、手形債権、小切手債権

(二)  代物弁済予約

(目的物件は本件土地建物)

約旨 訴外会社が債務を履行しない等の事由があるときは、控訴人は代物弁済として目的物件を取得し、あるいは任意に処分し、その代金をもつて債権の弁済に充当することができる。

(三)  停止条件付賃借権設定契約

(目的物件は本件建物)

停止条件 根抵当権確定後の債務の不履行

借賃 一か月五〇〇〇円

借賃支払期 毎月末日

存続期間 満三年

特約 譲渡、転貸ができる。

(四)  停止条件付売買契約

(目的物件は本件土地建物)

停止条件 債務不履行

売買代金 一〇〇〇万円

買戻特約 被控訴人は昭和五二年一〇月三一日までに買戻代金一〇〇〇万円を支払つて本件土地建物を買い戻すことができる。但し、買戻の時に訴外会社の債務額が右金額に満たないときは、債務相当額をもつて買い戻すことができる。

橋本は本件担保契約の締結にあたり、被控訴人の実印、印鑑証明書(二通)、本件土地建物の登記済権利証を持参し、右(一)ないし(三)の契約条項を記載した根抵当権設定契約証書と題する書面(乙第一号証)の担保設定者欄、右(四)の契約条項を記載した不動産買戻特約付売買契約書(乙第二号証。但し、契約書の日付及び買戻期限は契約締結の時点では白地のままであつた。)の売主欄及び登記手続用の委任状(甲第三号証の三、八。但し、甲第三号証の八の委任年月日は契約締結の時点では白地のままであつた。)の委任者欄にいずれも直接に被控訴人の氏名を記載し、名下にその実印を押捺して、契約書を作成した。そして、橋本は控訴人に対し、前記印鑑証明書、登記済権利証を交付し、契約書、登記手続用の委任状を差し入れた。

このように認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  しかし、〈証拠〉を総合すれば、被控訴人が橋本に対し本件担保契約締結の代理権を授与したことはないこと、橋本は被控訴人の実印を被控訴人のもとから盗み出し、被控訴人不知の間に、右実印を利用して印鑑証明書の交付を受け、これを本件土地建物の登記済権利証(右登記済権利証は、以前、被控訴人が訴外会社の訴外城南信用金庫に対する債務を担保するため本件土地建物に対し抵当権を設定し、登記手続をする際(該取引については更に後述する)、右金庫に預けた後、その時期は定かではないが、橋本において右金庫から返戻を受け、所持していたものである。)とともに持参して契約締結の場に臨み、右実印を使用して前認定のとおり契約書(乙第一、第二号証)、登記手続用の委任状(甲第三号証の三、八)を作成したものであることが認められる。〈証拠判断略〉

3  そこで、控訴人の表見代理の主張について判断する。

(一)  〈証拠〉によれば、被控訴人は訴外会社が訴外城南信用金庫から昭和五〇年一二月二九日一五〇〇万円を借り受けるにあたり、右借受金債務を担保するため本件土地建物に対し抵当権を設定し、昭和五一年一月七日抵当権設定登記を経由したが、その際、被控訴人は、抵当権設定契約の関係書類への押印、印鑑証明書の交付申請などは自らしたもの、契約の締結そのものは橋本に代理権を授与して処理させたことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  橋本がした本件担保契約は被控訴人がかつて橋本に授与した右(一)認定の代理権の範囲を越えるものであるが、控訴人において橋本に本件担保契約締結の代理権があると信ずべき正当の理由があつたかどうかを検討する。

橋本が本件担保契約締結の際、被控訴人の実印、印鑑証明書及び本件土地建物の登記済権利証を持参し、後二者を控訴人に交付し、また、右実印を使用して契約書及び登記手続用の委任状を作成して控訴人に差し入れたが、右実印は橋本が被控訴人のもとから盗み出したもの、印鑑証明書は橋本が右実印を利用して交付を受けたものであること、右登記済権利証は橋本が訴外城南信用金庫から返戻を受けて所持していたものを被控訴人不知の間に控訴人に交付したものであること、契約書及び登記手続用の委任状も右実印を利用して橋本が作成したものであることは前認定のとおりである。のみならず、〈証拠〉によれば、控訴人は金融をその業務の一としている会社であること、訴外会社に対する金員の貸付は、従前しばしば控訴人に顧客をあつ旋し、訴外会社の経理もみているという訴外佐々木某の紹介によるとはいえ、控訴人にとつて訴外会社ははじめての取引先であつたこと、昭和五二年三月二八日ころ橋本が金員借受の申込をする際、控訴人に対し、「訴外会社は緊急に金員を必要とする事情があり、それが実現しないと不渡を出しかねない。」との説明があつたことを認めることができ、控訴人が訴外会社に貸与した金額は一〇〇〇万円という高額のものであり、その弁済期は賃借後一か月という短期のものであつたこと前認定のとおりであるから、訴外会社の資金状況が速やかに好転し、訴外会社自身によつて弁済期に借受金が返済される可能性はかなり少い取引案件であつたということができる。なるほど、前掲乙第四号証によれば、被控訴人が訴外会社の取締役に就任していることが認められるが(もつとも、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、ホステスをしていた当時橋本と知り合つて、情交関係を継続していた間柄であるに止まり、橋本の主宰する訴外会社の経営にはなんら参画していなかつたことが窺われる。)、取締役が常に必らずしも、会社の借受金につき物上保証を引き受けて個人財産を提供する立場にはない以上、控訴人としては、前記のような事情にあつた訴外会社の金員借受につき、被控訴人が真実その個人財産である本件土地建物を目的とする本件担保契約を締結する意思を有するかどうかについて、被控訴人に対し照会を行うべきであつたにもかかわらず、〈証拠〉によれば、控訴人は橋本に対し被控訴人の電話番号を尋ねることすらせず、もとより被控訴人に対し前記照会を行わなかつたことが認められるから、控訴人はその営業者としての立場上当然行うべき措置を怠つた過失があるものとすべく、橋本に本件担保契約締結の代理権があると信ずべき正当の理由は存しなかつたものといわなければならない。

それ故、控訴人の表見代理の主張は採用できず、控訴人の抗弁は爾余の点について審究するまでもなく失当とすべきである。

三以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山厳 浅香恒久 中田昭孝)

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